継続的に成長する組織を支える教育体制づくりのポイント
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EMPAWA株式会社 佐藤文俊
新潟大学医歯学総合病院を経て訪問看護に従事。副所長や診療看護師(NP)を経て、教育・組織支援にも尽力。現在はEMPAWA株式会社代表として、訪問看護におけるナレッジマネジメントを中心に、業界全体の底上げを目指して活動中。S-QUE訪問看護チーフプランナー。
目次
はじめに
人材マネジメントにおいて教育体制が非常に重要なポジションを占めるというのは、みなさんご存じの通りだと思います。しかし、訪問看護における教育体制の構築は、いったいどのようにすればいいのかイメージがつかない方も多いのではないでしょうか。
ただ、教育体制が不十分なまま事業を続けることには後々、非常に深刻な問題が起こるリスクをはらんでいることに注意が必要です。
ここでは、教育体制を整えないことで生じる問題と、それらを踏まえて教育体制をどのように構築していけばいいのか分かりやすく解説していきます。
教育体制を整えないことで生じる5つの問題
業務の質が統一されない
教育体制が不十分な組織では、新人スタッフは自らの経験と自己学習に頼りながら業務を覚えるしかありません。その場合、新人は自分なりの判断で仕事を進めるようになり、自己流の方法でケアを提供していくことになります。
本人は「これが正解」と考えて業務を行っていますが、古いエビデンスや誤った知識でケアを提供してしまっていることも珍しくありません。それは、本人の力量不足というよりは、病院で培える知識・スキルと、訪問看護で求められる知識・スキルには大きな違いがあるために、生じてしまうものです。
そもそも、病院でいくら豊富な経験があったとしても、はじめて訪問看護を経験するスタッフが即戦力になることは、まずあり得ません。それは、訪問看護でしか経験できないことや、培えない知識・スキルがあるためです。
以上のような理由から、組織として基準を定めなければ業務の質は統一されず、提供するケアがスタッフによって変わってしまいます。
その結果、利用者や家族から「あの人は来てほしくない。」という要望が出てしまったり、関係者からクレームが来たりしてしまいます。
訪問看護では、スタッフ一人ひとりの業務の質が組織のブランドに直結するため、業務の質にばらつきが生じることは、周囲からの信頼を失うリスクにもつながります。
キャリア不安によってスタッフが定着しない
教育指針が曖昧な職場では、スタッフが職場でどのように成長していけるのかが十分に示されません。
するとスタッフは、
「この先、自分は何ができるようになるのか。」「ここで、どんなキャリアが描けるのか。」
というように展望が見えなくなり、
「ここにいても成長できないかもしれない。」「もっと教育環境が整った職場に転職したほうがいいかもしれない。」
という気持ちが芽生えて離職を考え始めます。
このような離職意向は単発ではなく連鎖して発生するものであるため、手を打たないと同じような理由で芋づる式に離職していく“抜けたもの勝ち”の構造が生まれます。
教育環境を整えないことでスタッフが定着せず、逆に教育コストが高くなるというのは、非常にもったいないことです。
業務に必要な知識・スキルの習得に漏れが出る
訪問看護では、多様なバックグラウンドを持った方が入職するため、どのようなスキルを習得していて、どこが未経験・未習得なのかを可視化していない場合、管理者はどのような訪問を優先して経験させ、フォローを手厚くすべきなのか判断がつきません。
前職でキャリアがあるほど、「大丈夫だろう。」と、十分な教育や手厚い引き継ぎがないまま独り立ちにしてしまいやすくなりますが、訪問看護では在宅でしか使用しないようなデバイスを扱ったり、病院ではほとんどやらないような手技を行うことがあったり、在宅ならではの工夫があったりするため、前職までの経歴に関係なく一度スキルの棚卸しをして、教育計画を立てることが望ましいです。
経験したことがないことを、「このくらいはできるだろう。」という前提で管理者に訪問を割り当てられた場合、新人が「やったことがないので、一人では行けません。」と言えれば良いですが、「みんな忙しそうだし、期待に応えないと。」と無理をした結果、事故につながるようなことがあれば、利用者に不利益が生じることになります。そして、新人は「自分は向いていない。」と早期離職をしてしまいかねません。
知識やスキルの習得状況を可視化することは、スタッフの成長だけでなく訪問の安全管理にとっても重要な役割を果たします。
教育スタッフが「丸投げされた」と感じ、負担が大きくなる
新人の教育は、管理者だけでなく中堅スタッフなども行うと思います。もし、教育方針や基準が整備されていない場合、新人を教育するスタッフは、どう教育することが正しいのか分からず戸惑ったり、「自分はまだ教えられるほど経験を積んでいないし自信もないのに、なんでもう教育をする側に回らないといけないんだ。」と不満を感じたりします。
その結果、「この組織では自分の成長が支援されない。」と感じて転職を考え始めます。
このような状況では中堅層が離職するため、組織の現場レベルが低下し、組織は非常に危機的な状況に陥ります。
組織としては教育スタッフに丸投げしているつもりはなく、「むしろ、都度フォローをしているのに…」と、この感覚にギャップを覚えることもありますが、新人を教育する際には非常に多くの迷いや戸惑いが生じやすく、小さな不安や不満が蓄積しやすいものです。
そのため、都度のフォローはもちろん重要ですが、それらを解消できるような教育指針など用意し、その指針を行動の目安として教育スタッフが判断できるようにすることが重要です。
教育スタッフの自己流指導で新人が疲弊する
教育者教育が行われていない組織では、教育方法がすべて教育担当者に委ねられます。教育担当が良かれと思って行う指導も、新人にとってはただのハラスメントとして受け止められかねません。
人の人生に関わる厳しさを分かってもらうために「前にも言ったよね?」「それじゃ、利用者さんに申し訳ないよ。」などと厳しく指導をしてしまうと、新人は萎縮し、利用者のために学ぶよりも、教育担当者にどうしたら怒られないかを考えるようになってしまいます。
これが慢性的に続くと、新人は精神的に追い込まれ、メンタル不調に陥るなどし、仕事を続けられなくなってしまいます。
また、“利用者のための最善のケア”を考えるのではなく、“教育担当者が考える正解”を新人は探すようになります。これは、プロフェッショナル教育としては致命的です。
教育担当者としても、新人や組織のためを思って自分なりに最善の教育をしているつもりなのに、新人からは距離を取られ、管理者からは評価されず、辛い思いをします。
教育体制を整えることは、新人のためだけでなく、教育担当者の熱意が報われるためにも重要です。
離職を防ぐ「入職直後」に整えるべき5つの教育体制
①まずは、組織になじめるように支援する
新人を組織に迎える際、新人にとっては全く新しい環境で、見知らぬ人たちと、慣れない仕事をやっていかなくてはならなくなります。そのため、一番最初に行うべき支援は、“すぐに組織で活躍してもらうための支援”ではなく、“組織になじんでもらうための支援”です。
どんな人でも、慣れない環境で高いパフォーマンスを出すことは容易ではありません。まずは新しい環境に慣れてもらうことで成長していくための土台を固めることが重要です。このように組織になじんでもらうための支援をオンボーディングといいます。
オンボーディングには、以下の図のように、3つの行動に分けられます。仕事をするうえで必要な情報を与えるインフォーム行動、仲間の一員として歓迎していることを伝えるウェルカム行動、困ったときに正しい方向へ導くガイド行動があります。
②新人の能力を視える化する
新人が培ってきた知識やスキルをチェックリストや段階評価を用いて可視化することで、新人が何をどこまでできるのか、できるようになったのかが把握できるようになります。
すると、どの訪問を振り分けることができ、どの訪問やケアにフォローが必要なのかが明確になるため、効率良く教育することが可能になります。
ゼロからチェックリストを作成するのは大変なので、まずは横浜市が公開している訪問看護師の看護技術チェックリストを使用して視える化するところから始めてみましょう。
看護技術だけでなく、実践能力なども視える化したいという場合には、同じく横浜市が公開しているキャリアラダー・発達別訪問看護師チェック表(詳細版)を活用するのがおすすめです。
③相談役(プリセプター)をつける
訪問看護では、非常に幅広い知識やスキルが求められるため、日々の仕事で分からないことや戸惑うようなことが頻繁に起こります。そんなときに気軽に相談できる人が職場にいると安心して仕事をすることができます。
上司には相談しにくいようなことも相談できる窓口となるよう、相談役は管理者以外の、年が離れすぎていないスタッフが担当することが望ましいです。
このような環境を整えることによって、新人が不安や不満を溜め込むことなく安心して仕事ができるようになり、スムーズな組織への定着につながります。
④組織の一員になるための心構えを教える
入職する新人のほとんどは、別の組織で働いたことがあります。つまり、別の組織における“基準”や“正しさ”をすでに身に着けている人が自組織の一員になるということです。
その“基準”や“正しさ”を自組織にそのまま持ち込まれてしまうと、組織のなかで混乱が生じたり、場合によっては組織内外のトラブルに発展します。「前職では、このやり方でうまくいっていたから、やり方を変えない。」という方も中にはおります。
それを許容し過ぎてしまうと、徐々にエスカレートしていき、組織の基準や方針に従わない状態になってしまう可能性があります。 そうなると、周りのスタッフも混乱したり、その後に入職するスタッフが、組織の方針よりも、その人のやり方を真似してしまうようになるなど、組織の秩序が乱れてしまいます。
これは、“組織の方針として決めたことが実行されないのは当たり前”という風土にもつながりかねません。
特に前職で訪問看護の経験がある新人には、入職時点から「前職での正しさはいったん置いておいて、現在の組織の方針に従ってもらいたい。」と事前に伝えたうえで、「よりよいやり方があれば、参考にしたいので提案してほしい。」と、まずは、組織の方針に従ってもらうようレールを敷いておくことが重要です。
⑤独り立ちまでは、段階的に自立を目指す
訪問看護では、非常に多くのことを身につける必要があり、初めて訪問看護を経験する人にとっては、一度にすべてを習得しようとするとパニックになります。
そのため、独り立ちするまでにどのような順番で何ができるようになればいいのか優先順位を示し、すべきことを明確にして過度な負担感が出ないようにします。
例えば、訪問の独り立ちまでに、以下のようなステップでサポートします。
それぞれにどれくらいの時間をかけるかは、個々の経歴や負担感によって調整していきます。
また、訪問の独り立ちと自立は、分けて考えなければいけません。独り立ちした後も、外部連携の仕方や長期目標を見据えた看護展開を一緒に考えるなど、フォローを継続しつつ、段階的に自立を目指します。
組織全体の教育体制をどう整えるか
①専門職として成長できるロードマップを提示する
新人がどこに向かって進めばいいのかを示すロードマップは、キャリアと成長への安心を提供します。
「1年後、3年後、5年後にはここまでできるようになる」といった未来像をイメージできることは、スタッフにとって組織に残る重要な理由になります。
そのため、組織にどのようなキャリアが用意されており、キャリアを積み上げるためにどのような支援があるのかを明示できるようにしておくことが望ましいです。
キャリアはマネジャーとしてのコースだけでなく、現場のスペシャリストとしてのキャリアを選択できるようにするなど、複線的にキャリアパスを用意することで、より柔軟なキャリア形成を支援することができるようになります。
②いつでも必要なことがすき間時間で学べる環境を用意する
訪問看護では幅広い知識が必要ですが、都度、自身で書籍を買って学習したり、自費で外部研修に参加することは経済的に負担が大きく、また、まとまった空き時間を確保することも難しいため、学習資源と学習時間の確保が課題となります。
そのため、いつでも必要なことがすき間時間で学べる環境を用意することが欠かせません。
例えば、私は教育体制を構築する立場として、訪問看護に関するWeb上の良質な情報をまとめたナレッジベースを作成し、いつでも良質な情報にアクセスできるようにしたり、定期的に行っていた勉強会を録画してeラーニング化し、過去の勉強会をすき間時間にいつでも学習できるようにしました。
また、教育資源がまだ潤沢でない場合には、訪問看護の現場で活躍している認定看護師、専門看護師などが講師を務めているS-QUE訪問看護eラーニングのようなeラーニングシステムを導入することで、すぐに充実した教育環境を用意することができます。
③教育者教育をする
教育体制を構築する際に忘れてはならない視点が、教育者の教育についてです。教育体制を構築する際に、教育の受け方を整えることに注力しがちですが、教育者の教育についても同時に整えないと、前述のように教育者の考える正しさのもと教育してしまい、新人に余計な精神的ストレスを与えたり、望ましくない学習を促進してしまう恐れがあります。
教育者には、どのような教育を求めるのか、どの範疇まで責任を負うべきなのか、迷ったり戸惑ったときにはどうすればいいのかなど、事前にオリエンテーションをしておくことが重要です。
おわりに
教育体制を整えることは、一見コストがかかりすぎるように見えるかもしれません。しかし、本稿でお伝えしたように教育体制が不十分なまま事業を続けると、必ず深刻な問題が生じ始めます。
結果、組織のブランドが崩れたり、スタッフの早期離職や中堅スタッフが定着しないといった問題によって悲しい思いをすることになりかねません。
教育体制の構築をコストではなく投資ととらえ、できるところから構築を始めてみましょう。
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