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訪問看護ステーション経営の羅針盤「2040年に向けた訪問看護のビジョン」徹底解説!

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訪問看護ステーション経営の羅針盤「2040年に向けた訪問看護のビジョン」徹底解説!
感護師つぼ 坪田康佑

感護師つぼ 坪田康佑

看護師、国会議員政策担当秘書等の国家資格をもつ看護ジャーナリスト。慶應義塾大学卒業後、Canisius大学MBAを取得。国際医療福祉大学博士課程在籍。ETIC社会起業塾を経て無医地区への医療提供体制作りに尽力し、診療所や訪問看護、医療AI会社の事業を設立した後、体調を崩し事業承継。看護経営等の記事執筆や講演、看護DX支援に取り組む。看護師のキャリア紹介ブログ「アクティブナース図鑑」を運営。

目次

訪問看護ステーションを運営する経営者・管理者の皆様、日々の業務本当にお疲れ様です。

本日は、訪問看護の経営者の皆様にとって、中長期的な事業戦略を策定する上で最も重要な羅針盤となる「2040年に向けた訪問看護のビジョン」 について、深掘りして解説させていただきます。このビジョンは、看護を取り巻く超高齢・多死社会のピーク(2040年)を見据え、地域での暮らしを支え続けるための、訪問看護事業の未来図であり、持続可能な経営を実現するための行動指針です。

私は、一般社団法人訪問看護支援協会理事(一般社団法人日本男性看護師会代表理事)の坪田康佑と申します。当支援協会では、経済産業省と連携し、保険外訪問看護ガイドラインの策定などを実施しております。現場の看護職としての視点と、政策・経営に関わる視点の両方から、この重要なビジョンを訪問看護事業の経営戦略という観点から読み解き、皆様の事業経営の安定と成長に役立つ情報としてお届けしたいと思います。

このビジョンが示すのは、増大する医療・介護ニーズに対し、訪問看護が地域で不可欠な存在として機能し続けるための、具体的な経営課題と解決策です。この記事を読み終える頃には、2040年に向けた訪問看護事業の経営における重要ポイントが明確になると思います。

「2040年に向けた訪問看護のビジョン」とは?

このビジョンは、日本の超高齢社会がピークを迎える2040年に向けて、訪問看護が目指すべき姿と、その実現のために取り組むべき具体的な指針をまとめたものです 。

このビジョンが最も重要視している目的は、「全ての地域で24時間365日、必要な質の高い訪問看護サービスを提供できる仕組みをつくること」です 。

このビジョンは誰が作ったのか?

このような国の大きな方針に関わる文書は、通常、公的な機関が中心となって策定されます。このビジョンを策定し公表したのは、「訪問看護推進連携会議」です 。

訪問看護推進連携会議を構成する3団体

「訪問看護推進連携会議」は、訪問看護のさらなる推進と、国民の安全・安心な在宅療養生活の実現を目指して、以下の3つの主要な団体が連携して設置したものです 。

  1. 公益社団法人 日本看護協会

  2. 公益財団法人 日本訪問看護財団

  3. 一般社団法人 全国訪問看護事業協会

これらの団体は、看護職全体、訪問看護に従事する看護師、そして訪問看護事業所の経営という、それぞれの立場から訪問看護の推進に取り組んでいます。この3団体が中心となって策定したことで、現場の看護実践、組織経営、そして政策提言のバランスが取れた、実効性のある指針となっています。
「3つの団体の協力体制のもとに作られた、訪問看護の未来の設計図」だと理解していただければ、非常にシンプルです。

なぜ今、このビジョンが必要なのか?

このビジョンは、2025年7月に公表されました 。

これに先立ち、これらの団体は2014年に「訪問看護アクションプラン 2025」を策定・公表し、その実現に向けて活動してきました 。

しかし、その公表から10年が経過し、地域医療構想や地域包括ケアシステムの構築など、医療・介護提供体制に関する施策が進む一方で 、2040年に向けて高齢化と生産年齢人口の減少がさらに進むという、大きな人口構造の変化を迎えます 。

つまり、従来の計画(アクションプラン 2025)の評価と課題を踏まえ 、時代の変化や地域の実情に合わせて、次の大きな目標となる「2040年」を見据えた新たな指針が必要になった、ということです 。

ビジョンを「当たり前」で終わらせない経営者に必要な考え方

このビジョンでは重要な柱として4つ「基盤強化」「機能拡大」「質の向上」「地域包括ケアシステムの深化」といった言葉をあげています。これらの言葉は、確かに長年にわたり看護政策で使われてきたキーワードであり、「当たり前」のように聞こえるかもしれません 。

しかし、経営者の皆様にとって、このビジョンを単なる「きれいごと」や「お題目」で終わらせない、戦略的な認識を持つことが極めて重要になります。

1. 政策決定の「定義」を「共通言語」として認識する

このビジョンに使われている言葉それぞれには、国や関係団体が2040年に向けて重点的に取り組むべき方向性としての明確な意味が与えられています。

  • 他の事業所の経営者は、このビジョンを読み込んでいるという前提で、行政や病院、他事業所との連携・協働が進んでいくと考えるべきです 。

  • 「安定的な人材確保」の中には、「訪問看護師の処遇改善」や「勤務間インターバルの確保」といった具体的な課題解決への要求が含まれています 。

  • 「機能拡大」には、「看多機の設置推進」や「医療・介護DXの推進」など、具体的な事業展開の機会が示されています 。

これらの言葉は、今後の診療報酬や介護報酬の改定において、「何を評価し、何を推進するか」の根拠となる共通言語になります。この共通言語を理解していなければ、政策の意図を正確に捉えた事業計画を立てることはできません。

2. 差別化を図るための「考える道具」として活用する

このビジョンは、読んで勉強するためのものではなく、貴社の訪問看護ステーションがどのような差別化を図っていくのかを考えるための道具としてとらえるのが重要です 。

  • ビジョンを基盤に自社の強みを再定義:地域包括ケアシステムの深化が求められる中で、貴事業所が「質の高いケア」のどの側面(例:特定行為研修修了者による専門性の高い看護 、ICTを活用した効率的な多職種連携 、看多機併設による重度者への包括的ケア )で地域ナンバーワンを目指すのかを明確化する機会となります。

  • 「地域の実情に応じた」事業展開:このビジョンは、少子高齢・多死社会のピークには地域差があるため、「地域の実情に応じた訪問看護提供体制を整える」必要性を強調しています 。普遍的な目標に縛られるのではなく、自地域における人口構造、病院の機能、競合他社の状況を分析し、ビジョンで示された選択肢から最適なものを組み合わせて実行することが、経営における成功戦略です。

このビジョンに記載されている全ての項目に均等にリソースを割く必要はありません。経営資源をどこに集中させ、何を自社のユニークな価値とするかを判断するための、思考のフレームワークとして活用することが、経営者の最も重要な役割です。

読み物ではなく、考えるための道具として活用ください。

ビジョン策定の背景

まずは、なぜ今、2040年を見据えたビジョンが必要なのか、その背景を経営リスクと市場の機会という観点から確認しておきましょう。

  • 高齢化のピークと需要の増大:2040年には85歳以上の人口が1,000万人を超え(図表1)、高齢者数が過去最多となることが予測されます。これに伴い、医療と介護の複合的なニーズを持つ方が一層増加し、訪問看護の利用者数は75歳以上を中心に増加することが見込まれています。(図表4)

  • 在宅療養者の多様化・複雑化: 近年、在宅療養者は急増し、医療機器を装着する方など医療ニーズの高い利用者が増えています。さらに、重度の障がいがある小児や精神障がい者、認知症の人など、ニーズが多様化・複雑化しています。単身世帯や高齢者世帯の増加も、課題の複雑化に拍車をかけており、従来の仕組みの維持が困難になる「地域社会の限界」を迎える可能性も指摘されています。

  • 需給ギャップと地域偏在: 国民の約43.8%(図表11)が最期を自宅で迎えたいと希望していますが、訪問看護事業所は地域によって偏在しており、増大する需要に対して十分な提供体制とは言えません。また、訪問看護師の月額賃金が病院勤務と比べ約1.8万円低い(図表14)など、処遇面での課題も残っています。

85歳以上の人口推移の図と年齢階級別の訪問看護の将来推計の図
画像引用:2040年に向けた訪問看護のビジョン~地域での暮らしを支えるために~p.6|訪問看護推進連携会議
最後を迎えたい場所
画像引用:2040年に向けた訪問看護のビジョン~地域での暮らしを支えるために~p.7|訪問看護推進連携会議
病院と訪問看護ステーションの税込み給与総額
画像引用:2040年に向けた訪問看護のビジョン~地域での暮らしを支えるために~p.8|訪問看護推進連携会議

このビジョンは、このような構造的な課題を解決し、「全ての地域で24時間365日、必要な質の高い訪問看護サービスを提供する仕組み」を確立することで、事業の経営を安定化・発展させることを目的に策定されました。

2040年に向けた訪問看護のビジョン|事業経営の戦略的な4つの柱

このビジョンで示された4つの大項目は、訪問看護事業の持続的な経営と地域での役割拡大に向けた、具体的なアクションプランであると捉えることができます。各章を下記に簡単にまとめます。

訪問看護事業所の基盤強化

安定経営の土台として、訪問看護師の処遇改善や勤務間インターバルの確保など、人材確保と定着に直結する環境整備が最優先されます 。地域の実情に応じたサテライト活用や事業所間のネットワーク化による規模拡大は、24時間対応を可能にし、経営の安定化を図る重要な戦略です。
さらに、災害・感染症対策としてのBCP作成と訓練、ハラスメント・事故対策は、リスクマネジメントの責務です 。

訪問看護の機能拡大

市場の変化に対応するため、サービス提供の場を自宅外の介護施設や学校など多様な場所へ拡大します 。療養通所介護や看多機の併設による多機能化を推進し、新たな収益源を確保することが推奨されています。
また、ICT/DXを戦略的な投資と捉え、電子カルテ導入や遠隔看護活動により業務を効率化し、経営改善と生産性向上を目指します。

訪問看護の質の向上

サービスの競争力と信頼性を強化するため、認知症や精神障がい者を含む多様なニーズに対応できる看護師の育成と、認定看護師等の専門性の高い人材の活用が求められています 。事業所は、個別ケアや組織体制、地域全体の評価など多角的な視点から質評価を推進し 、自己評価に加え、第三者評価の導入を通じて客観的なサービスの質を担保・向上させます 。

地域共生社会に向かう、地域包括ケアシステムの深化・推進

訪問看護が地域社会のインフラとして不可欠な存在となるよう、国や関係団体と連携して訪問看護の機能と役割を国民へ周知し、サービスの利用促進を図ります 。地域の医療機関や介護施設等とのネットワーク化を強化し、包括的かつ多様な支援体制を構築します 。地域の介護保険事業計画策定会議等に参画し、ICTを活用した多職種連携システムを構築することは、経営戦略を地域課題に反映させる重要な活動です 。

まとめ|2040年ビジョンは訪問看護事業経営の羅針盤

本記事で解説した「2040年に向けた訪問看護のビジョン」は、単なる看護の理想論ではなく、日本の人口構造が変化する中で、訪問看護事業が持続的に成長し、地域社会に貢献し続けるための、具体的かつ現実的な経営戦略を指し示しています。

  • 人材投資と処遇改善(基盤強化): 優秀な看護師の確保と定着は、安定経営の最重要課題であり、処遇改善と安全な労働環境の整備が急務です 。

  • サービス多様化とDX投資(機能拡大): 看多機や療養通所介護の併設、訪問看護提供の場の拡大は、新たな市場と収益源を開拓します。DXによる業務効率化は、コスト削減と生産性向上に直結します。

  • 質の可視化と専門性の強化(質向上): 第三者評価の導入や専門看護師・特定行為研修修了者の活用は、サービスの信頼性を高め、地域での競争優位性を確立します。

このビジョンを経営の羅針盤として活用し、今のうちから戦略的な事業展開を進めることが、2040年の超高齢社会において、貴社の訪問看護事業が地域を支える不可欠な存在となる鍵となります。

このビジョンを読み解いた考察が、皆様の事業経営の一助となれば幸いです。

最後までお読みいただきありがとうございました!

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