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起きてからでは遅い!訪問看護の防犯・カスハラ(カスタマーハラスメント)対策を進めよう

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起きてからでは遅い!訪問看護の防犯・カスハラ(カスタマーハラスメント)対策を進めよう
感護師つぼ 坪田康佑

感護師つぼ 坪田康佑

看護師、国会議員政策担当秘書等の国家資格をもつ看護ジャーナリスト。慶應義塾大学卒業後、Canisius大学MBAを取得。国際医療福祉大学博士課程在籍。ETIC社会起業塾を経て無医地区への医療提供体制作りに尽力し、診療所や訪問看護、医療AI会社の事業を設立した後、体調を崩し事業承継。看護経営等の記事執筆や講演、看護DX支援に取り組む。看護師のキャリア紹介ブログ「アクティブナース図鑑」を運営。

目次

なぜ今、訪問看護でカスハラ対策が必要なのか?

近年、サービス業界全体でカスタマーハラスメント(カスハラ)が深刻な問題として注目を集めています。この流れは医療・介護分野にも波及し、患者や利用者によるハラスメントが大きな課題となっています。2022年1月に発生した訪問診療医射殺事件は、医療従事者の安全確保の重要性を社会に強く印象づけました。

特に訪問看護の現場では、看護師が一人で患者宅を訪問するという特性上、ハラスメント被害が潜在化しやすい状況にありました。

こうした背景から、厚生労働省は従業員保護の法整備を進めるとともに、2024年3月には訪問看護事業所向けにカスタマーハラスメント対策の啓発ポスターを作成するなど、具体的な取り組みを開始しました。

本稿では、訪問看護におけるカスハラ問題に焦点を当て、なぜ今この対策が必要とされているのか、その背景と重要性について詳しく解説していきます。訪問看護師の安全と尊厳を守り、質の高いケアを持続的に提供するために、私たちに何ができるのか、共に考えていきましょう。

カスハラ(カスタマーハラスメント)、ペイハラ(ペイシェントハラスメント)とは?

一昔前、医療界で「モンスターペイシェント」という言葉が使われていました。これは、医療従事者に対して暴言や暴力を行う患者を指し、現代社会で問題視されている「モンスターペアレンツ」や「クレーマー」と同様に、医療現場を悩ませる存在でした。

珍しい存在だったために「モンスター」と表現されていましたが、最近では「カスハラ(カスタマーハラスメント)」という言葉が誕生し、厚労省では、令和3年にマニュアルを作成し発信しています。

医療業界のカスタマーは患者(ペイシェント)であることから、医療業界では「ペイハラ(ペイシェントハラスメント)」と呼ばれるようになりました。どんな患者でも医療従事者にハラスメントを行う可能性があると認識されています。この言葉の背景には、ハラスメントを撲滅しようという動きがあります。

なお、訪問看護業界ではカスハラ、ペイハラいずれの言葉も同義で使われていることが多いですが、利用者やその家族といった関係者を含むという考えから「カスタマーハラスメント」という言葉のほうがよく使われているかもしれません。

ハラスメントの多様化と歴史

具体的な事例として、セクシャルハラスメント(セクハラ)、アカデミックハラスメント(アカハラ)、ドクターハラスメント(ドクハラ)、モラルハラスメント(モラハラ)、マタニティハラスメント(マタハラ)など、問題を認定してもらうことと対応策を知ってもらうために多様なハラスメント用語が誕生してきました。令和になり、これらのハラスメント撲滅にさらに力が入りました。

厚生労働省は令和元年6月に「労働施策総合推進法」を改正し、パワーハラスメントを「職場で行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超え、身体的・精神的苦痛を与えまたは就労環境を害するもの」と定義し、規制を強化しました。

翌年の令和2年6月には、厚生労働省が「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講じるべき措置についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号)」を策定しました。この指針には顧客からの暴行、脅迫、ひどい暴言、不当な要求などの「カスタマーハラスメント」に対する対策が含まれています。

警視庁・厚生労働省が動いた―医療従事者の安全問題

これまでのハラスメントは、上司と部下(パワハラ)、教授と生徒(アカハラ)といった同じ組織内でのものが多かったですが、お店とお客(カスタマー)にもハラスメントがあると認識され、「カスタマーハラスメント(カスハラ)」という言葉が誕生しました。

訪問看護の世界では、利用者、その家族といった形で「カスタマー」という言葉は使いませんが、カスタマーハラスメントの対象には訪問看護の利用者やその家族も含まれています。

カスタマーハラスメントという言葉が広がる一方で、医療界への具体的な浸透は遅れています。そのため、医療界を支援するために、医療と警察の連携も進められてきました。

令和4年1月に埼玉県で在宅診療医が猟銃で殺害された事件を受けて、日本医師会が警察庁に医療従事者の保護を要請しました。

それを受けて、警察庁は令和4年6月20日付で各都道府県警察に対し、医療従事者の安全確保と通報があった場合の迅速な対応を指示しました。

しかし、2年経過した現在でも連携体制は十分ではなく、医療従事者の安全が脅かされ続けています。これに対し、さらなる改善が求められており、令和6年2月20日にはこの問題に対する追加の通知も発されました。

各都道府県医師会及び医療機関との連携の推進等について(通達)
(画像引用:各都道府県医師会及び医療機関との連携の推進等について(通達),p1|警視庁

在宅医療従事者を守るロビー活動

筆者が発起人を務める日本男性看護師会は、この問題を厚生労働部会看護問題小委員会で毎年訴えてきました。特に在宅環境では、医療機関と異なり、医療従事者が一人で対応することが多いため、カスタマーハラスメント(カスハラ)のリスクが高まります。

令和4年の在宅診療医の猟銃事件以降、私たちはデータなどを用いてさらに強く訴えてきました。

このような状況を背景に、令和5年の厚生労働部会看護問題小委員会の後、在宅医療分野に関して日本男性看護師会と厚生労働省の看護課、看護系国会議員との間で具体的な対策を議論する機会が持たれました。

この会議では、新たな予算の確保ではなく、既存の予算を活用する方法について話し合われました。特に、地域医療介護総合確保基金の利用が提案され、カスタマーハラスメント(カスハラ)対策の推進に向けた議論が行われました。この基金は各都道府県で運用されており、在宅療養支援におけるカスタマーハラスメント(カスハラ)対策での使用実績がない地域もあるため、具体的な事例として在宅事例を取り扱っていただくように厚生労働省に依頼しました。

地域医療介護総合確保基金がカスハラ対策に使える!?

特に令和5年11月16日の参議院厚生労働委員会にて、看護師で弁護士でもある友納りお参議院議員が公開質問をしてくださったことから、大きな変化がありました。そして、令和6年3月8日には、病院だけでなく在宅医療分野でもカスタマーハラスメント対策の補助に使用できる事例が公表されました。

この通知は、厚生労働省医政局地域医療計画課長から各都道府県衛生主管部(局)長に宛てられたもので、地域医療介護総合確保基金(医療分)に係る標準事業例の取扱いについて以下の内容が伝えられました。

事業区分Ⅱについては、『居宅等における医療の提供に関する事業』を対象としていますが、以下に掲げる経費についても、当該事業に関連するものとして対象として差し支えありません。
標準事業例『12.訪問看護の促進、人材確保を図るための研修等の実施』 訪問看護を行う看護師等における利用者・家族からの暴力・ハラスメント対策として、セキュリティ確保に必要な防犯機器の初度整備に係る経費。
※防犯機器とは、例えば、位置検索機能・緊急呼び出し機能付き防犯ブザーや防犯ボタン付き携帯電話など。
※防犯機器の導入に係る初度整備費用以外の、防犯機器の運用に係るランニングコスト等に係る経費は補助対象外とする。

(引用:医政地発0308第1号 令和6年3月8日 各都道府県衛生主管部(局)長 殿 厚生労働省医政局地域| 厚生労働省

これにより、在宅医療提供者もカスタマーハラスメント対策のための具体的な支援を受けられるようになり、医療従事者の安全確保に向けた取り組みが一層強化されることとなりました。

以下は、厚生労働省が防犯機器導入の啓蒙活動用に作成されたポスターです。

訪問看護師と訪問看護ステーション管理者の方へ 防犯機器の使用をご検討ください
(画像引用:訪問看護師と訪問看護ステーション管理者の方へ 防犯機器の使用をご検討ください|厚生労働省

カスタマーハラスメント対策を進めるために看護管理者に求められること

昨年の看護師確保基本指針の改定では、カスタマーハラスメント(カスハラ)対策について言及されましたが、具体的な対策方法や予算については詳細が明示されておらず、対応が難しい状況でした。

しかし、今回の厚生労働省からの通知により、研修や防犯機器導入費用の予算が確保されることが分かり、具体的な対策内容が明らかになりました。これにより、訪問看護ステーションにも新たな役割と行動が求められるようになりました。

①現場で助けを求められる防犯グッズを用意する

携帯電話にアプリを入れるような対応策もありますが、在宅の現場ではトラブルが生じた際に携帯電話を取り上げられる事例もあります。そのため、携帯電話の使用には限界があります。

防犯グッズの例

防犯ブザーやモバイルセキュリティーグッズで検索するといろいろなものが出てきます。筆者としてのおススメは、同じく密室でサービスするホテル業界で導入が増えている「omamolink(オマモリンク)」のような防犯グッズが検討されています。

「omamolink(オマモリンク)」は、異常な振動を検知して自動でSOS信号を送信したり、事態を録音したりする機能を持っています。また、防犯ブザーとしての役割も持っています。このような装置をスタッフに配布することで、密室での対応時にも安全が確保されます。さらに、一部の自治体ではこれらの装備に対する補助金を独自に準備しているところもあります。

また、福岡大学看護学部の池田智先生(現在は、第一薬科大学 看護学部看護学科)准教授の研究から誕生したアプリ「在宅ケアスタッフ連携アプリKURUXA(クルサ)」は、スマホにアプリをダウンロードしただけで使えるサービスを準備しています。

②いざという時に使えるための研修を行う

防犯グッズ等の装備の導入に伴い、使用方法や運用に関する研修の実施も必要です。これらの取り組みは、看護師や他の医療従事者が安全な環境で働けるよう保護することを目的としています。

看護管理職としては、看護師から患者に関する相談や報告を受けた際に毅然とした対応を示すことが不可欠です。特にセクハラや暴言といった問題が発生した場合、看護師に我慢を強いるような対応はもはや受け入れられません。

③カスタマーハラスメントを未然に防ぐ体制づくり

まずは、組織トップの暴力防止に向けた明確な方針を定め、スタッフに周知することが必要です。その上で、暴力の価値基準に関して組織内で作る必要があります。

というのも、今まで我慢が美徳としてきた看護師にとって、ハラスメントに関しての感度が鈍くなっているのが現状です。そのためには、ハラスメントの事例や対応方法に関する啓もう活動が必要です。例えば、関西医科大学看護学部三木明子先生が実施している「在宅ケアを受ける患者・家族からの暴力・ハラスメント防止方策の構築では、スタッフの啓蒙活動用のポスターを公開しています。

在宅ケア向け暴力等防止啓発 ポスター1
(画像引用:在宅ケアを受ける患者・家族からの暴力・ハラスメント防止方策の構築|関西医科大学看護学部

ハラスメント対応のための社内規定を、スタッフの経験や対応策を元に作成し、その社内規定を運用するための研修や訓練を実施していきます。例えば、患者さんからの差し入れに薬物を混入されていた事例から、「利用者から提供された飲食物は頂かない」という規定がうまれてきます。

さいごに

医療現場の価値観が変わりつつあります。以前は1人の患者のために多くの看護師が苦労する状況がありましたが、現在は看護師一人ひとりの安全と尊厳を保ちつつ、質の高い地域医療を提供する方向にシフトしています。

自作ですが、筆者の大切にしている言葉があります。

「看護師の笑顔が、患者の笑顔を創る。患者の笑顔が、家族の笑顔を創る。家族の笑顔が地域の笑顔を創る。地域の笑顔が、世界の笑顔に繋がる。」

そもそも、看護師が笑顔でないと、この好循環がうまれていきません。

我慢する時代は終わりました。

甲子園でも、エンジョイベースボールと掲げる学校が優勝するようになり、気合と根性で我慢してきていた時代から、楽しみながら成果を出す時代に変化してきました。

看護界も少しずつ変わってきています。

この言葉の最初の看護師の笑顔を創れるように、現在、筆者は臨床を離れ、看護師の職場環境を支援する活動に従事しています。ツラいことがありましたら是非ともお声がけ頂きたいですし、一緒に看護師の環境をよくしていきましょう。

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